久々に寝込む

しばらく元気で風邪もひいたりしていなかったので油断していたようだ。

喉を酷使したこととアレルギー性鼻炎のせいで喉の炎症をおこして発熱。

ノックダウンとなり寝ているしかなくなった…。

 

静かな音楽を聴いて養生に努めよう。

 

 

オディエ

オディエ

 

 

書くことは治療法の一形態

「出す」ということ

吉村萬壱は『生きていくうえで、かけがえのないこと』の中で「出す」ことの重要性を述べている。そこで引用されているグレアム・グリーンのことばは今現在の私にはなんとぴったりくることか。

 

 

ものを書くことは治療法の一形態である。書いたり作曲したり描いたりしない人はみんな、いったいどうやって、狂気やうつ状態、人間の境遇には付き物の追い詰められるような恐怖から逃げおおせるのかと、私はときどき不思議に思う。
                    グレアム・グリーンの言葉

 

グリーンの何の著作にでてくるのか調べてみると原文は下記の通り。

 Writing is a form of therapy. Sometimes I wonder how all those who do not write, compose or paint can manage to escape the madness, the melancholia, the panic fear which is inherent in the human situation.
          

             Ways of Escape (1980) by Graham Greene

 

うつうつと思い詰めて時間を浪費するくらいなら、書いたり、描いたり、何かしら手を動かして外に出していこう。そうやってこの一年を過ごしていこうと思う。

 

 

生きていくうえで、かけがえのないこと
 

 

 

「幸せになりやがれ」

地元の作家(在住であれ出身であれ)が書いたものを訳あって読むようになりました。短歌の話題から知った雪舟えまさんの本で、買わずに図書館から借りてすまそうとしたので予約がまわってくるまで半年以上かかってしまい、もはやなぜこれを予約したのか忘れてしまったほど…。

幸せになりやがれ

幸せになりやがれ

二つのお話しですが、どちらも”みどり”と”たて”が主人公。「水灯利と縦」に「緑と盾」。前者は北海道が舞台だけれど地名は「オタユイ市」とか「サプラウ」になっているし、時代も明胎時代とかでちょっと架空の設定。後者は未来東京に住んでいる登場人物が未来北海道へ行く設定。

それぞれの話で女性同士の恋愛と男性同士の恋愛が描かれているのだけれど、同性同士特有というより性別を超えたところの魂のレベルでの出会いとつながりがメインだと感じました。

雪を描いている箇所がどれも好きでした。作家さんの名前が「雪舟(ゆきふね)」というので雪好きなのかもしれないと勝手に思ってます。

ちょっと信号待ちをして道路を渡っただけで、粒の大きな雪がコートにびっしりとついて全身小花柄になる。
「幸せになりやがれ」p.182

紫色の夜空から、雪がいくつもの帯になって降っている。海の潮の流れよりも、もっと細かく別れて。斜め六十度に流れつづける雪と交差して、斜め五十度で流れる雪の群れがある。ほぼ垂直に落ちている雪たち、そのあいだを、止まっているかと見えるほどゆっくりただよう雪。
「幸せになりやがれ」p.203

「歩いている時間は、いろんなことを考える」佐伯雅視


 NHKのドキュメンタリー「にっぽん紀行 一本道を歩く〜北海道 中標津町〜」をみました。

 地元の酪農家が10年かけて長さ70キロメートルもの一本道を整備した、ただ「歩くためだけ」の道。

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 この道を作った佐伯農場の佐伯雅視さんが、なぜこの道を作ったのか問われて言ったことばが、

「歩いている時間は、いろんなことを考える。考える時間を持つことができる道を作った」

こんな一本道をひたすら歩いてみたいなぁ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼みたいだ。

とにかく歩いてみよう、そして考えよう。

教訓I

こんな政治状況のなかで黙っていることはできないのだけれど、勇ましい物言いや、がなり立てる言葉が苦手なのでこんな風に歌ってくれる浜田真理子さんの歌声に聞き入る。


教訓I

作詞:加川良
作曲:加川良

 命はひとつ 人生は1回
 だから 命をすてないようにネ
 あわてると つい フラフラと
 御国のためなのと 言われるとネ
 青くなって しりごみなさい
 にげなさい かくれなさい

多和田葉子新訳のカフカ「変身」

 多和田葉子氏がカフカの「変身」を訳したことを知り、すぐに図書館から雑誌を借りて読んでみましたよ。

すばる2015年5月号

すばる2015年5月号

 話題になっている冒頭の部分

グレゴール・ザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱の果てに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっていることに気がついた。

従来は「虫」と訳されることが多かった、”Ungeziefer”を「ウンゲツィーファー」と原語をそのままカタカナ表記にしてカッコ書きでその意味を注記するというかたちをとっています。これについては、本編の続きにある「カフカを訳してみて」のなかで説明がありました。

害虫をさす言葉で、実際ザムザの新しい身体は巨大な甲虫を想い起させるので、害虫とか甲虫とか訳してもいいが、ウンゲツィーファーという単語の語源を調べてみると、「汚れてしまったので生け贄にできない生き物」という意味があると知った。”昆虫だけでなく、哺乳類も含まれる。ザムザは共同体のために自分を生け贄にし、過労死に向かっていたのが、汚れた姿に変身することで自由になった。その代わり、家族や社会から見捨てられ、生き延びることができなくなったわけだ。

これを読んで多和田氏がタイトルの「変身」を「かわりみ」と読ませていることにはっとさせられました。

そして「カフカを訳してみて」の最後はこう締めくくられています。

 訳しながら、「引きこもり」とか「介護」についてもかんがえざるを得なかった。機能すべき社会にとって異物、邪魔者になってしまった側の視点に読んでいる側がゆっくりと移行していけるような、そんな文体に翻訳してみたいという願いが生まれてきたが実現はできなかった。

 新訳の意義というかすぐれた言葉の使い手による文章を味わう喜びと、「変身」という作品の重さを同時に受け止めることになりました。

 多和田葉子氏によるこの新訳は、集英社文庫から今年秋より刊行予定の「ポケットマスターピース」に収録される予定だそうで今から大変楽しみです。

なお、「すばる5月号」には翻訳について考えさせてくれる対談「日本語と英語のあいだで」(水村美苗+鴻巣友季子)が載っていて、こちらも大変興味深いことが書かれてありますのでおすすめです。

ついでに言うと橋本治センセの文章も当然面白いのでご一読を!